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2013.02.28

狂短歌ジンセー論[152号]――「駆け込み退職について(続々編)」

 引き続き「駆け込み退職について」続々編の公開――ながら「続々々編」はなくこれで終わりです(^_^;)。

 今号の最初に作ってボツにした狂短歌をまず紹介します。

 ○ 先生は「人格者です 聖職者」……そう言っといて石投げつける

 それが最後は以下のように変わってこちらを採用しました。

 ○ 後悔をしないためには 後先を 考えつつも 今の充実

 今号も長いです。しかし、この変遷ぶり(^.^)を味わってください。私の授業風景も登場します。

 (^_^)本日の狂短歌(^_^)

 ○ 後悔をしないためには 後先を 考えつつも 今の充実

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 (^O^)ゆとりある人のための10分エッセー(^O^)

 【 駆け込み退職について(続々)】

 前号では「駆け込み退職とは退職金の損得ではなく、働く者として《そこで続けるかやめるか》という選択の自由を行使したに過ぎない」と述べました。
 その後私は全く別観点でこの駆け込み退職について考えました。敢えて《損か得か》についても語りたいと思います。
 とても下世話で現実的な話題ながら、駆け込み退職者を含めて3月末に定年退職を迎える方々は「この退職金をどのように使うだろうか」と想像してみたのです。どうも使わないような気がして仕方ありません。

 その前に話はちょっと逸れてかつての授業のヒトコマをまず紹介します(^_^)。

 以前安部公房の『赤い繭』を授業でやったとき、生徒に「宇宙にはエネルギー普遍の法則というのがある。実は人生にも同じような法則があって私たちは何かを得たときに何かを失っており、何かを失ったときには何かを得ているんだ」と話したことがあります。
 こう切り出すと、生徒はきまって「なにそれ?」の顔を見せたものです。

 『赤い繭』は原稿用紙にして数枚の超短編小説ながらなんとも不思議な小説です。家を求めて町をさまよう浮浪者が最後に自分の身体から糸を絞り出して繭となり、ようやく落ち着ける家を得た――との内容。ところが、家を持ったのはいいけれど、今度はそこに住むはずの自分自身がいなくなってしまったというのがオチです。
 私は「人生って何かを得たときには何かを失っており、何かを失ったときには何かを得ている。たとえば、1億の宝くじが当たったら嬉しいよな。突然思いもかけない大金を得たわけだ。でも、友情を失う可能性が高い」と話します。
 生徒はやはり不審顔(^_^)。

 そこで私は一人の男子生徒A君、そして彼と仲のいいB君を指名して次のように問いかけます。
「君と彼は普段から仲がいい。一生付き合うような友達になるかもしれない。さて、君に宝くじが1億円当たったとしよう。君は普段から仲のいい彼にいくらかあげるだろ?(生徒ためらいつつもうなずく)では、いくらあげるかい」
 A君、困ったように考えて「うーん。10万くらいかな」と答える。
 私が「ええっ。1億も当たったのに、たった10万かよ」と茶々を入れると、笑いが起こります。
 そこでB君に「君はどうだい? 10万もらってうれしいかい。それで満足できる?」と聞くと、B君は「ちょっと……」と口ごもり、冗談めかして「友達としては少ないかなと思います」と続けます。また笑い。
 するとA君は真っ赤な顔して「だって……友達はひとりじゃないから」と言い訳したりするのです。

 私は「そうだよな。すると何人の友達にいくら配るかが問題となる。あげるときは当然秘密だよと言って手渡す。でも、こうした話は広げれば広げるほど漏れやすい。後でどうやらあいつに1億当たったらしい。俺は10万もらった、俺はもらわなかったとなれば、もらえなかった彼との友達関係は終わるかもしれない。だから、宝くじで1億当たっても秘密にした方がいいし、当たった人はおそらく誰にも秘密にしているはず。しかし、秘密にし続けてびた一文あげなかったら、どこかでこの件が漏れたとき、親友だと思っていた人たちはがっかりする。理屈では当然と思っても、何かしら失望して友人関係はしっくりこなくなる。そして、なんとなく疎遠になってそのまま……なんてことがある。
 こんなわけで宝くじが1億当たったら、金は得たけれど友情を失う可能性が高い。アメリカなどではもっとすごくて1等数十億の宝くじが当たる。そして、大金を得た人の何人かはその後家族が崩壊したという話も聞く。やっぱり何かを得たときには何かを失うんだ」とまとめます。

 そして、最後に「あくまで仮定の話なのに、こうなると君と彼との友情はひびが入ったかもしれないね」と言うと、爆笑が起こる……(^.^)。

 また、別の例として次のような話もします。

 異性の友人を得たら嬉しい。最初は友達関係でも、恋人になれたらもっと嬉しい。しかし、恋人関係になると、つきあい始めた頃の「この恋は成就するだろうか」とはらはらどきどきした気持ちが失われる。
 その後恋が実って二人は結婚した。二人で暮らせば、そして子どもを得たら楽しいことはたくさんある。でも、一人暮らしののんびりさと自由は失なわれる……(^_^;)。
 では、その自由を得たまま、一人暮らしを数十年続けて年老いたらどうだろう。そのときその人は感じるのではないか。自由は得たけれど、自分の身の回りには家族も子どももいないと。よって何かを得たときには何かを失っている……。

 そこで赤い繭の話に戻ります。
「この浮浪者は繭であろうがなんであろうが、家を得たとき何かを失う必要があった。だが、彼が持っているのは自分の身ひとつだけで、失うような何ものも持たなかった。だから……身体がなくなったんだ」と。

 閑話休題。このでんで言えば、今回の駆け込み退職騒動によって1月末に退職した人は正規の退職金150万を得ました。しかし、何かを失ったであろうと。3月末まで勤め上げた人は退職金150万を失いました。けれど、何かを得ているであろうと。
 何を失い、何を得たかは各人によって違うと思うので、ここでは触れません。
 ただ、一つ言えることはどちらも心を傷つけたということです。去った人も残った人も。

 そして、政治家たちは多くの公務員、警察官、学校の先生方をそのようなところに追い込んだことを自覚すべきだと思います。
 この事態を受けて政治家や評論家の中には、特に学校の先生に対して「聖職者としてどうだろう」とか「職務を全うすべきだ」と論評する人たちがいました。中には「去った教師はダメ人間で、残った人は立派だ」と言う人さえいました。
 その根底には「学校の先生は単なる労働者じゃない」があり、前号で書いたように「聖職者とまでは言わないが、人格者だ」があるのでしょう。

 しかし、もしもそう思うのなら、そのような聖職者、人格者として対応するのが正当ではないでしょうか。
 いわばドロや石ころを投げつけておいて「あんたは聖職者、人格者なんだから耐えて当然、耐えなさい」と言っているようなものです。

 国も県も確かに財政は逼迫しています。税金で養われている公務員が世の中の不況を受けて給料が減らされることは仕方ないでしょう。好景気で税収が上がれば、公務員の給料も上がったのだから、逆があって不思議ではありません。
 しかし、以前書いたように退職金とは三十数年の労働対価なのです。そして、国と全ての県で定年予定者の退職金は昨年4月の年度当初予算に組み込まれていました。それが借金だったとしても、その人たちに報いるお金は用意されていたのです。

 私は政治家(県当局)は退職金減額措置を(次年度の)4月1日実施としてこう言うべきだったと思います。

「財政逼迫の折、来年度からは給料、そして退職金を減額させてもらいます。しかし、この3月で定年退職を迎える教職の方々――あなた方は三十数年にわたって子どもたちのために働いてくださった功労者です。(警察官に対しては)あなた方もまた長年地域の安全のために働いてくださいました。役所その他の現業などで定年を迎える方々も同様です。だから、定年退職者の方の退職金だけはきちんと払いたいと思います」と。
 さらにもう一言「今後は引き続き、地域の子どもたち、地域の安全のためにボランティア活動などよろしくお願いします。そして、退職金は必要以外貯金される方が多いでしょう。しかし、世の中の景気を良くするためにどんどん使ってください」と。

 これがその人を聖職者、人格者として遇するときの態度と言葉ではないでしょうか。

 こう言われたなら、多くの定年退職者は「良かった」と思い、「よーし、今後も子どものために一生懸命やろう、退職金もいっちょぱーっと使って景気を良くするために貢献しよう(^_^)」と思うのではないでしょうか。

 だが、事態は真逆に流れました。この措置を受けた定年の先生方はやめた人も3月まで残った人も、「あほくさい。もう子どものために何かやる気はしない」と思うのではないか。いくら人格者であったとしても、そのような感情がわき起こって不思議ではありません。警察官として定年を迎えた方々も同じ感情にとらわれているような気がします。

 そして、駆け込み退職によって150万のお金は得たけれど、先行きを考えると、とても「ぱーっと使おう」という気持ちにはなれないでしょう。

 では3月末まで全うして退職する人たちは退職金(の一部)をぱーっと使うか。
 いえいえ、「こんなことではこの先何が起こるかわかったもんじゃない。定年退職のご褒美として100万くらい使おうと思ったけど、10万くらいにしとこう」となって多くは貯金に回すでしょう。

 政治家は退職金減額によって数十億、数百億のお金を得たかもしれません。しかし、定年退職者数万人の人たちが今後なしたであろう地域での協力、ボランティア精神を失い、世の景気を良くしたかもしれない数百億、数千億(?)のお金を失ったような気がします。

 それでも、定年退職を迎える方々に敢えて言いたいことがあります。

 傷ついた心が癒えたなら、引き続き地域の子どもやご老人、地域の安全、ボランティア活動に励んでほしい。そして、退職金は使ってほしいと(^_^)。

 長年身体と心をすり減らして働いてきた自身へのご褒美として国内、国外への旅行、感謝の気持ちをこめて家族に豪華な食事等々。あるいは、やろうと思っていた趣味の活動などに。
 みんな裕福ではありません。いずれ何か仕事に就いて働かねばならないと思います。しかし、その前に身体をいたわり、リフレッシュするためにお金は使って欲しいと思うのです。

 特に後者に関しては「使えるときに使う、動けるときに動いておかないと後はない」人生の基本原則(?)があります。昨年6月、狂短歌で「そのうちに何々しよう そのうちに 思うばかりで時は過ぎゆく」と書いたとおりです。残された時間は多くありません。

 定年を迎えて今60歳ということは20年後は80歳ということです。生きて30年後は90歳。満足に動けるのは後20年であり、もしも大病を患うと後10年かもしれません。癌など重い病気が発覚すれば、「余命1年」と宣告される可能性さえあります。
 そのとき「ああ、あのときもっと動いて旅行したり、やりたいことをやれば良かった。退職金も我慢せずに使えば良かった」と思っても後の祭りです。

 それに、現実の話として日本には財政破綻という危機が近づいている。そのことも自覚しなければなりません。アメリカも同様です。アメリカが先に倒れれれば、それは必ず日本に波及します。
 すでに日本の借金は国家予算のほぼ10倍。毎年の予算のほぼ半分が借金です。年収400万で暮らす世帯が借金4000万を抱えていたら、普通なら自己破産でしょう(さらに言うと、毎年200万の借金を続け、そのうち半分を利息返済に充てて500万で暮らし続けている世帯です)。

 誰も「日本が倒産する――財政破綻なんて考えられない。いや、そのうちあるかもしれないけど、当分大丈夫」と思っています。多くの研究者、経済評論家も「日本は大丈夫」と言います。
 その根拠は借金4000万を抱えながら、貯金が5000万くらいあり、家屋敷、田畑の財産も1億はあるからでしょうか。
 しかし、それらは主が使えない貯金や財産です。「日本は大丈夫」と言われてもそれはあくまで予想。外れたからって誰も責任取ってくれません。

 思い出してください。ソ連(社会主義国)の崩壊を誰が予想していましたか。バブル景気がやがて崩壊して大不況がやって来ると、誰が予想していましたか。日本国の自己破産は思った以上に早いかもしれないのです。
 そして、破綻は突然起こる地震や大津波のように、そこで生きて暮らす私たちにとって避けようがありません。

 国家財政のクラッシュ(崩壊)は多くの場合ハイパーインフレという形で現れます。アベノミクスがとなえる年率2パーセントのインフレは、何年後かに振り返ったとき「クラッシュの始まりだった」かもしれないのです。
 使えるときに使っておかないと、そのうち百万円が十万の価値しかない時代がやって来る。「あのとき1千万も貯金したのに、今じゃ1千万で車1台も買えない、リンゴ1ヶも買えない」悲惨な時代が来るかもしれないのです。

 アフリカではハイパーインフレが日常茶飯事です。ここ10年ではジンバブエにそれが起こっています。
 かつて豊かな農業国であったジンバブエは2003年に600パーセント、06年に1000パーセントのインフレが発生し、その都度高額紙幣を増刷。そして通貨切り下げ、次に高額紙幣増刷……を繰り返して09年の年間インフレ率は約2億3000万%に達しています。
 そのときの1米ドルは250億ジンバブエ・ドルです。日本で言うなら、25億円持っていかないと1ドルと交換してくれないようなものです。今貯めた1千万が10円ほどの価値になるということです。そのとき1万円札は紙切れとなって道端に落ち、誰も拾いません(--;)。

 近代以降の日本では敗戦直後に一度ハイパーインフレを経験しています。
 1945年10月から49年4月まで、3年半の間に物価は約100倍に高騰したそうです。結果45年12月には《預金封鎖と新円切り替え》が行われています。虎の子の貯金はハイパーインフレになったとき、おろせないかもしれないことを考えねばなりません。

 さて、私は不安をあおりたいわけではありません。地震や大津波も起こったら、そして家族・家屋敷を失ったとしても、自分が生き残ったなら、私たちはそれを受け入れるしかありません。 そのように、この国で暮らす以上、国家財政の破綻やハイパーインフレさえも《受け入れる》しかないと思います。

 しかし、そうなったとき「あのときああすれば良かった、こうすれば良かった」との後悔だけはしたくないし、してほしくない。むしろ「とうとう日本でもハイパーインフレが起こったか。でも、あのとき家のリフォームをやっといて良かった、好きなことをやっといて良かった」と言ってほしいのです(^_^)。

 ○ 後悔をしないためには 後先を 考えつつも 今の充実

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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:今回も長くなって相済みません。ジンバブエにどうしてハイパーインフレが起こったか、詳細はネット百科事典などをご覧下さい。リーダーとなった大統領の資質、政策、国家の社会矛盾などがやがて崩壊に至る経緯がよくわかります。

 ところで、小説『空海マオの青春』メルマガ配信は2月に終了しました。そして、来月からはその『論文編』を公開する予定です。それはこちらの「狂短歌メルマガ」でも同時に配信したいと考えています。「論文なんぞ興味ない」方もいらっしゃるでしょう。そのような方はご面倒ながら、到着したら「削除」してください(^_^;)。

 なぜ論文編をこのメルマガでも配信するかと言うと、その中に私が到達した「現在充実主義」の生き方、考え方をかなり語っているからです。そして、空海の秘密にたどり着き、小説を完成できたのもそのおかげだと思っています。なので、ぜひ狂短歌読者各位にも読んでいただきたいのです。
 もちろん通常の狂短歌メルマガも配信いたします。ご了解いただければ幸いです。 m(_ _)m(御影祐)

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2013.02.27

狂短歌ジンセー論[151号]――駆け込み退職について(続)

 2月は「逃げる」と言いますが、正にあっちゅう間に過ぎ去りました(^.^)。
 ここ数日真冬並みの寒波襲来で北国の方は大変ですね。こちらも寒さがぶり返して最低気温がずっと氷点下でした。それでも晴れた日の日差しは強く、春が近づきつつあると感じます(^_^)。「光の春」という言葉もあるとか。俳句の季語かと思ったらロシア語だそうです。

 さて、今号は体罰自殺事件について書く予定でした。しかし、教師の駆け込み退職問題はその後も大きく取り上げられ、テレビ識者たちの《ありがた~いお言葉》もたくさん聞こえてきました。それがまた私の執筆意欲をかき立てます(^_^;)。
 また、前メルマガで書いた内容に一部間違いがあったので、今回も駆け込み退職について書くことにしました。
 テーマは「教師とは労働者か、それとも聖職者なのか」です。
 長くなったので二つに分けました……が、単独でもまだ長くて恐縮です(^_^;)。

 (^_^)本日の狂短歌(^_^)

 ○ 教師とは単なるひとりの労働者? 子どもを導く聖職者?

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 (^O^)ゆとりある人のための10分エッセー(^O^)

 【 駆け込み退職について(続)】

 最初に前メルマガの間違いについて触れます。
 退職金減額が2月1日実施の場合、「3月末まで続けるより1月末に駆け込み退職した方が150万多い。2月3月の給料分を考えると、得しても約70万の違い――とテレビでは言われている。けれども、1月末退職の人だって2月3月の給料分80万を失う犠牲を払っている」と書きました。
 この後半部は駆け込み退職者を擁護するつもりの表現でした。しかし、やめる以上その後の給料がもらえないのは当たり前のことだから、2、3月の給料込みで考えるのはおかしい。やはり1月末退職なら150万多く、3月末だと150万少ないのだ――と指摘を受けました。確かにその通りです。
 よって多くのコメンテーターが「損得を勘定すると70万の違い」と言っていたのも実はおかしいようです。《有識者》の中には「駆け込み退職は許せない。たかが70万で……」などと、庶民感覚からかけ離れたお大尽ぶりを見せる方もいらしてあきれてしまいました。


 その後報道などでわかったことをいくつか書きます。
 論評で取り上げられていたのは主として学校の先生ですが、警察官もかなりの人数が駆け込み退職したようです。また、退職金減額規定が条例化され、1月末や2月末で実施される県と、結局条例化されることなく推移している県もあって全体としてはそちらの方が多数派。減額されない県はこのまま3月末を迎えるのでしょうか。
 となると、ある県では退職金が減額され、駆け込み退職で現場が混乱した。しかし、隣の県では4月1日実施なので問題はなかった――など不平等な事態が起こることになります。それは仕方ないことなのでしょうか。

 私は神奈川県の高校教員だったので、友人知人は退職・現役の先生が多数です。神奈川では退職金減額が3月1日実施と決まりました。友人も何人か巻き込まれています。結果2月末でやめると決断した人、3月末まで続ける人に分かれたようです。

 しかし、もっと悲惨なのは残り1年とか2年の人たちかもしれません。来年3月末の定年退職だと、給料・退職金を含めて数百万の減額になるとか。ここでやめれば、3月末の退職金減額があっても、現在給に基づく退職金をもらえる。しかし、定年までやれば、残り1年は「ただ働きみたいなもの」という状況です。

 それでもやめない――のは家のローンがあるから、子どもの教育費があるからです。続ければまだ数百万が入る。きょうび一ヶ月30万、1年ボーナスを含めて500万近くをもらえる仕事はたやすく見つかりません。全うすれば非常勤として退職後も働ける道が残される。だから、やめないし、やめられない(--;)……そんな状況のようです。

 さて、ここから今号の本題――学校の先生は労働者か聖職者か。

 駆け込み退職が問題視されるのは「学校の先生は単なる労働者か、それとも聖職者か」の見方が関係しているからです。
 聖職者とまで言わなくとも「彼らは子どもたちを導く師なのであり、《武士は食わねど高楊枝》の言葉もある。金のために動くのはさもしい」といった心情が発言者の根底にあるようです。
 ちまたの意見も多くの人が「やめたくなる気持ちはわかるけど……」と「……」が付くのも、内心同様の気持ちの表れでしょう。もちろん「労働者として150万も減らされたら、やめるのは当然でしょ」の意見も多々ありました。

 私は「学校の先生は単なる労働者か。それとも子どもを導く聖職者か」と問われるなら、どちらも否であり、どちらもしかりと言えるかなと感じています。

 生きるため、食を得るために働くのが労働者であるなら、教師も一般企業サラリーマンとなんら変わりありません。
 もしも聖職者の代表としてキリスト教の牧師さんをイメージするなら(「空海」を書いた筆者としてここで仏教僧を出せないのが辛いところ(^.^)、学校の先生はとても牧師さんと同じとは思えません。

 ならば、単なる一労働者かと言うと……それもまた違うような気がします。

 子どもを教え導き、子どもに「素晴らしい先生」と尊敬されたり、「私もあのような人になりたい、学校の先生になりたい」と思わせる点で、単なる労働者とは言えないような気がするのです。
 もちろん生徒に軽蔑され「困った先生」と思わせる人もいます(いました^_^;)。
 しかし、反面教師という言葉もあります。体罰先生は困るけれど、学校における「ちょっと困った先生」でさえ、子どもたちに社会を学ばせる意味で存在価値がある、と私は考えていました。

 そんなわけで教師聖職者論にはくみしないけれど、単なる労働者とも思えないのです。

 強いて言うなら学校の先生には「人格者」としての人間性が期待されていると言えるでしょうか。警察官も同じではないかと思います。
 教師と警察官の犯罪――特に先生の性的犯罪、おまわりさんの酒酔い・酒気帯び運転――が大きく取り上げられるのは「普通の職業に就くフツーの人間」とは思われていないからでしょう。

 そして、この違いがどこから来るかと考えてみると、教師や警察官は《お金を得ることが労働の目的、動機になっていない》点にあるのではないでしょうか。「なっていない」はさすがに言い過ぎで、もちろんお金を得ることが最低限の動機、目的ながら「それだけではないでしょう」といった感じです。

 たとえば、刑事ドラマで有名ですが、ある事件を担当した刑事はしばしば朝から晩まで歩き続け、犯人を推理し、追求し続けます。犯罪が深夜、早朝に起これば現場に駆けつけます。それはしばしば家族、子どもたちを犠牲にしているほどです。深夜・早朝の急患に対して駆けつける救急車、処置をする医師も同じでしょう。
 ただ、お金のことで言うと、彼らには時間外手当が出ると思います(^_^;)。

 しかし、教師に限って言うと、時間外手当は一切出ません。金八先生はしばしば夜に呼び出されて生徒のために奮闘しました。あれを見た人は「何か時間外手当が出ているのだろう」と思われたかもしれません。しかし、手当は全くありません。

 私が在職時、夜間に生徒や保護者から呼び出されることはさすがにありませんでした。
 しかし、問題児の保護者と夜の電話で1時間とか、2時間会話したことはあります。生徒の問題行動が続くと、電話連絡をしなければならないからです。 しかし、日中は働いているので家に電話しても誰も出ない。そこで夜間電話すると、「我が子のことから家庭問題まで相談を受ける」ことになるのです。
 私はこちらからかけて話があまりに長引いたとき、その電話代を「学校で持ってくれないか」と要求したことがあります(^.^)。
 校長の返答は一言「それは無理です」だけでした(教職特別手当がそれに当たるとの見方もあるようです)。

 今は民間サラリーマンも《サービス残業》などと言われて状況は教師公務員と変わらないかもしれません。ただ、サービス残業をしても「景気が上向いて給料が上がれば」とか「いつか独立して大きく稼ぐ」などと思って耐えていることが多いでしょう。民間サラリーマンが働く動機、目的の大きな一つとして「お金を得ること。より多く得ること」である点は間違いないと思います。

 ところが、教師が一生懸命働く動機、目的にお金は一切関係ありません。なにしろ今書いたように、いくら一生懸命働いたとしても時間外手当どころか、何の報酬もないからです。
 指導するクラブが県で1位になったとしても、全国大会に出場しても、指導教員にご褒美はないし、給料も上がりません(-.-)。
 あるいは、ある先生は8時半の就業直前に出勤、放課後部活動を見ることもなく5時になったらさっと帰る。別の先生は朝練で午前6時半に出勤して放課後は生徒の補習を見てやり、5時以降も部活動で生徒を指導して帰宅が午後8時になる。休日も試合や練習など部活動で出勤している……。この二人が同年齢であれば、給料は全く同額です。後者にプラスαが追加されることはないのです。

 では、教員にとってプラスαとはなんなのでしょう。ご褒美もなく、成果が上がったとしても給料アップがない。なのに働き続ける意味とは。

 それはひとえに《精神的な喜び》と言うしかありません。自分の活動、労働がお金にはならない。しかし、自分はお金以上に価値あるものを生みだし、喜びを得ている――私にはそれが教師として働く動機、目的になっているような気がします。
 それは子どもとつながりを持つから得られるのであり、教師職の魅力、働いての楽しさや喜びもそこに尽きます。給料日にひと月の労働報酬を得る喜び――はもちろんあるけれど、それ以上の精神的な喜びが子どもとの関わりでもたらされるのです。

 たとえば、自分が指導した部活の生徒が強くなる、上達する。生徒が「何々を教えて欲しい」とやって来る。イマイチ出来の良くない子ながら放課後勉強を見てやる。私が担当した国語科だとそれが論文指導だったりします。
 結果、その子が狙った大学に合格すると「先生のおかげです」と顔一杯に笑みを見せてやって来る。「良かったなあ(^o^)」とこちらも笑顔が出る。

 部活動にしても個別の補習にしてもかなりの部分はボランティアであり、余計な仕事です。「忙しいから」と断ることだってできます。しかし、私の知る限り、生徒が「教えてほしい」と言ってきたとき、断っている先生をまず見たことがありません。

 では、そのボランティア活動としての部活動や補習などに報いはあるか。論文添削などは学校内で終わらず、しばしば持ち帰ってやりました。それは個人で勝手にやっている作業と見なされるのでしょう、手当など全くありませんでした。
 また(私は少なかったけれど)、運動系の部活動では土日のほとんどが練習、対外試合にあてられます。顧問は当然休日出勤です。その手当は(私の在職当時)1日2000円ほどでした。月曜から金曜まで毎日5時以降2時間の部活動指導をしても、月の手当は1000円でした(今はもっと多くなっているかもしれません)。

 では「報いはないのか」と聞かれたなら、多くの先生は「報いは子どもたちの笑顔だ」とか、「感謝の言葉だ」と答えると思います。
 授業がうまくいったときなど生徒から感嘆の声が挙がることがある。そして、自分の指導や助言によって子どもたちの生き生きとした姿を見られる……。
 こうしたことがあるからこそ教育職はやりがいがある、と私は感じていました(ではなぜ定年まで続けなかったのか。そのわけはまた別の機会に書きたいと思います)。

 もちろんそれゆえの悩み、苦しさもそこから生まれます。子どもとうまくいかなかった最初の頃、私は何度も教職をやめようと思ったことがあります。「いくら一生懸命働いても、給料は安いし、何の報いもない」と言って去った同僚も知っています。

 また、多くの子どもとは学校だけの関係で終わります。しかし、卒業後も手紙やメールのやりとりをしたり、(私は数少ないけれど)クラス会や結婚式に呼ばれたりして「つながり」を感じさせてくれます。
 久しぶりに再会すると、在学中はどうしようもない生徒だった子がいっぱしの人間となって働いていたり、家族をつくっていたりする。そして「あのとき先生に言われた一言で自分は変われた」などと言う。
 当時なんと言ったか、こちらは忘れていることが多い(^_^;)。「こんなこと言われた」と聞いて「そうだっけ?」と応じたり、内心「大した言葉じゃなかったがなあ」と思う。
 それでも卒業生からそのように言われることは嬉しいし、自分がその子の役に立ったと実感できる……つくづく教師職は「サラリーマンと同じ意味での労働者ではないなあ」と感じます(^_^)。

 そこで今回の駆け込み退職騒動です。友人の話でもう一つわかったことがあります。
 公務員の定年退職は3月末だが、1月末、2月末に駆け込み退職しても《自己都合退職》にはならないと。つまり、中途退職ではなく名目上は「定年退職」だというのです。

 妙な話だなと思って詳しく聞いたら、一般企業の定年退職は満60歳を迎えたその日が正に定年退職となる。だから年度替わりとかは全く関係なく、5月25日だろうが、10月8日だろうが、その日で仕事は終わり。その日までの給料、退職金が払われて会社との関係は切れる。翌日には(必要なら)新しい人がその仕事に就く。
 ところが、公務員にそれを適用すると、その人がそれまで行っていた仕事の代替者がそう簡単には見つからない。中途採用はとても難しいし、学校では担任をやっていた人が学期途中突然いなくなると、現場に重い負担となる。だから、誕生日とは関係なく年度末での定年退職としている……とのこと。

 この件は今回初めて知りました。となると、これから言えることがあります。
 つまり、今年3月に定年退職を迎える人のうち、8割9割の人は昨年中すでに定年退職を迎えているということです。本来ならその月その日の退職規定によって退職金が支払われていなければなりません。「だったら、新しい規定は来年度4月1日実施として3月末にはそれまでの規定で退職金が支払われるべきではないか」と言いたくなります。労働者と見なすなら、そう言えるのではないでしょうか。

 それに前メルマガにも書いたとおり、月々の給料と退職金の違いを考えると、「退職金減額は契約違反ではないか」とも思えます。
 公務員にはスト権がなく、団体交渉も認められていません。いわゆる賃上げを目指す「春闘」が公務員にはできません。なので、人事院が民間の給料を参考に公務員の給料を上げたり下げたりしているのです。
 その決定までに日がかかるので、それが適用されるのは12月の年末調整になります。そして、適用は4月にさかのぼって実施されました。かつて好景気の頃給料はよくアップして12月にどんともらえました。しかし、不況となってからは良くて現状維持、そして、今回のダウンとなりました。問題はダウンとなったとき、どの段階で実施するかです。

 これを普通の労働で考えるなら、アルバイトにせよ非正規、正規就労にせよ、私たちはどこかで働こうと思うとき、まず条件を見るはずです。たとえば「月の給料20万、一日の賃金8000円、1時間800円の時給」などと確認してから働き始めます。
 もしも1週間、1ヶ月働いた後、雇い主から「今月は(物が売れなかったから)給料は15万にする、一日6000円にする、1時間700円にする」と言われたらどうでしょう。それは契約違反であり、不当労働行為として厳しく処断されます。
 そんなとき会社の経営者はどうするかと言うと、銀行からお金を借りてでも、まずは社員の給料を払うことを最優先するのです。

 よって、今回の給料ダウン・退職金減額措置とは、昨年4月から9ヶ月間働いた後で「給料を減らす」と言っているのと同じことです。なおかつ「退職金も減らす」と言われたのです。民間なら不当労働行為として訴えられ、裁判になってもおかしくありません。

 ところが、今も書いたように公務員が他のサラリーマンと違うところは、ずっと給料が4月にさかのぼって上げられ続けたことです。
 正直な話、給料が上がり、なおかつ退職金も上がった俸給・号給に則って支給されるのであれば、誰もそれを契約違反とは言わないでしょう。たくさんもらえるのですから。《下がる》場合に問題が生じるのです。
 その結果、給料やそれに付随して退職金が下がるのであれば、「だったら、私はあなたのところで働きません」と言える権利が生じるはずです。

 考えてみてください。労働者がある会社で働こうと思ったとき、会社側から「今はこの金額ですが、来月の給料は10パーセント下がっている可能性があります」と言われたら、一体誰がそこで働こうと思うでしょう。少なくとも1年間はその金額をもらい続けることができる――とわかってようやく働き始めるのです。
 あるいは、こういう場合もあり得ます。「1年後には1年間働いてくれた褒美としてボーナスが出ます。また、そこでやめる場合でも1年分の退職金があります。しかし、計算の元となる基本給は10パーセント下がっている可能性があります」と。
 この場合、働くか別の会社を探すかは二つに分かれるでしょう。たとえば、Aさんは「ボーナス、退職金が減らされるのだったら、ここでは働けない」と他の働き口を探し、Bさんは「それくらいならここで働こう」と思う。いずれにせよ、この段階で《働くか、あるいは、やめるか》の個人の自由、決断が下される機会があるのです。

 今回退職金減額は減額措置と損か得かの観点、そして(人格者であるはずの?)教員や警察官の駆け込み退職がクローズアップされています。
 しかし、労働者として考えるなら、これは「給料月額とそれに基づく退職金の金額を見て(知って)そこで働き続けるか、それともやめるか」という個人の選択、自由の問題でもあるのです。
 私たちには労働者として「どこで働くか、ずっと働き続けるか、いやならやめるか」の自由が保証されています。近現代になって獲得された素晴らしい自由です。ところが、今回の退職金減額問題ではこの自由が奪われる結果になっているのです。

 多くの教員(警察官、その他公務員の方々)は言うと思います。「月の給料が減らされるのは仕方ない」と。上がるときには4月にさかのぼる恩恵を受け続けたのだから、下がったとしてもそれを受けざるを得ないでしょう。それがいやなら、その時点でやめるだけです。

 しかし、30数年働き続けた報酬としての退職金まで、昨年の4月にさかのぼって実施されてはたまりません。それは金額の問題だけでなく、《働き続けるか退職するか》の決断を下す自由、権利が全く発揮されないからです。「それならやめます」と言えないまま、有無を言わさず「受け入れろ」と言われるようなものです。それって労働契約違反であり、不当労働行為ではないでしょうか。

 うわさによると駆け込み退職が全く出なかった東京都では、給料・退職金とも全て昨年4月にさかのぼって実施されたとか。それでは駆け込み退職の出ようがありません。そして、最も強引にして労働基本権を無視した処置と言わざるを得ません。
 よって、退職金減額措置の実施を「2月1日、3月1日実施」とした県は東京都に比べれば、まだ良心的です。ある意味労働者としての基本的権利を保障したと言えるからです。

 テレビ識者は「4月1日実施とすればこの混乱は起きなかった」と言って各県担当者を批判しました。私も違う意味でそれに賛成です(この意味は次号に)。
 しかし、退職金減額実施を昨年4月にさかのぼらなかったことは「労働者の選択の自由――それでも続けるかやめるか」をぎりぎり保証してくれたとも言えるでしょう。結果、1月末、2月末に退職すれば、前年度の号給に則って退職金が支給されることになり、150万、100万の違いとなったわけです。

 もちろん最良は来年度4月1日の実施です。最悪は東京都のように何の配慮もなく、昨年4月にさかのぼって実施した自治体です。そして、悪いながらもぎりぎり良心的だったのが2月1日、3月1日実施の県でしょうか。これによって「続けるか、そこでやめるか」の決断・自由が保障されたからです。

 そうなれば、後は個人の問題となります。「給料・退職金が下がっても働き続けるか、あるいはここでやめるか」――その決断を各自が下した。それが今回の駆け込み退職の真相ではないでしょうか。

 ○ 退職金 減額措置の決定は 働く権利、自由の阻害

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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:次号は明後日3月号として発行します(^_^;)。
 ところで、私の実家は九州大分県の九重(ここのえ)町にあります。過疎の地ながら、知る人ぞ知る九重(くじゅう)九湯(きゅうとう)の著名温泉地です。それが先日全国ニュースで大きく取り上げられたのでびっくりしました。実はあのバス事故が起こったところは私の実家から歩いて30分ほどのところなのです。テレビを見て田舎っぷりがよくわかったことと思います(^.^)。「死者が出なくて良かったなあ」とこちらでは引き続き話題になっています。(御影祐)

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2013.02.18

フェブラリーS、結果とほぞ噛み

 結果は……3複万シュー的中!(^o^)

 1着―浜中 02グレープブランデー…[○] 単勝=6.7
 2着―松岡 06エスポワールシチー…[△]
 3着―和田 10ワンダーアキュート…[◎]
 4着―藤岡 03セイクリムズン………[?]

 枠連=1-3=61.8 馬連=02-06=103.3 馬単=175.8
 3連複=02-06-10=161.5 3連単=1111.3
 ワイド12=29.9 W13=7.6 W23=20.0

※ フェブラリーS、直線残り100メートル――、
「差せっ! 差せっ! 差してくで~っ!」と連呼した私の心情、わかってもらえると思います(^.^)。

 すでに1着は唯一5歳○グレープブランデーで確定。
 2着に粘ろうとするのはなんと高齢8歳馬のエスポワールシチー。
 そこを追い込んできた7歳◎ワンダーアキュート。さらに大外をウラ●シルクフォーチュンも剛脚を見せて追い込んでくるではありませんか。
 ワンダーアキュート、3着だけは確保しそう。しかし、あと一息2着がほしい……のに、3着流れ込み。「くあーっ! 届かんかった~(-.-)」は嘆きのため息。

 この日はいつものように、いとこ(元旅館)の温泉に浸かった後、二人でテレビ観戦しました。だから、この段階ではエスポワールシチーに印を付けたかどうか覚えていませんでした。付けたような……無印にしちゃったような(^_^;)。

 で、帰宅後確認して△印とわかり、最低限3連複160倍の的中となって
「よっしゃー!」とようやく雄叫びを上げたのであります。

 しかし、買ったのはとほほの最低100円だけ。全部で8000円も買っていながら、的中はこの1点のみ。全体では2倍にしただけでした。

 実質馬連1点買いなんだから「ワイドも買えたよなあ」とか「グレープブランデーはこちらの頭があるかもと思いつつの○だったのに」と思っても、後の祭りでした。

 でもまー、今年初GIをプラス決算の的中で終えたのだから、良しとしたいと思います(^_^)。

 それにしても、妙なオッズ相のレースでしたね。
 そもそもいくら芝のGI馬とは言え、3ヶ月休み明け、初ダートのカレンブラックヒルがどうして1番人気になったのか。土曜の前売りから直前まで全く変わることない不動の1番人気でした。
 しかるに、枠連はずっと4枠から流れた。これは人気4歳馬同居だからまだわかります。ところが、馬連順1番人気は前走大敗の08イジゲンでした。 結局、馬連順123番人気の4歳3強はガンジス10着、イジゲン12着、カレンブラックヒルはなんとブービーの15着だったから、不思議な人気集中でした。

 週中年齢別に有力馬をピックアップしたとき、4歳馬は根岸ステークス2着のガンジスだけでした。そもそもダート14の根岸S組は本番もイマイチなので、そのガンジスにも重い印を付ける気はありませんでした。

 ところが、そんなオッズ相を示したものだから、当初の7頭から(テスタマッタも含めて)追加したので、点数が多くなってしまったのです。ぶつぶつ(とこれはそれに振り回された自身へのぼやきでもあります(^_^;)。
 当初テスタマッタを切ったのは、イマイチの根岸Sで8番人気6着という不甲斐なさゆえでした。

 ここでもう一度私が当初ピックアップした7頭を列挙すると以下の通り。

 4歳=07ガンジス(G3根岸S2着)
 5歳=02グレープブランデー(G2東海S1着)―――――1着
 6歳=13エーシンウェズン(G3根岸S5着)
 7歳=10ワンダーアキュート(地方GI 川崎記念2着 )―3着
    04ナムラタイタン(G2東海S2着)―――――――9着
    16シルクフォーチュン(G3カペラS1着)――――5着
 8歳=06エスポワールシチー(地方GI東京大賞典5着)―2着

 この中で軽視すべきはダート14の根岸S組2頭とダート12のカペラS組1頭(ウラ●にしましたが)と考えれば、残るはグレープブランデーとワンダーアキュートとナムラタイタンとエスポワールシチーの4頭。
 平安Sの代替トライアルとなった東海Sから2頭残っています。もしもこの2頭を1頭に絞るなら、5歳1着のグレープブランデー(当時4番人気)と7歳2着のナムラタイタン(当時8番人気)のどちらを取るか――当然1着のグレープブランデーでしょう。
 すると残るはグレープとワンダーとエスポワールの3頭……で1、3、2着。

 うーん、この3頭で良かったのか~……とは「ればたら」結果論の絞り込みです(^_^;)。

 いつも書いているように「競馬って終わるとチョー簡単」。
 しかし、いつかこのように理詰めの3頭を抜き出したいと思っております。
 結果は5歳馬1頭、最も頭数の多かった7・8歳馬の2頭で決まりました。年齢別抽出法の有効さが示せたGIだったように思います(^_^)。

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 最後まで読んでいただきありがとうございました。(御影祐)

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2013.02.16

フェブラリーS、直前予想

 【 フェブラリーS直前予想 】
 こんばんは。有馬記念以来のほぞ噛みです。
 今年の競馬はいかがでしょうか。私?
 私のことは聞かないでください(^.^)。
 いよいよ2012年GIの開幕です。今年もよろしくお願いいたします。

 さて、今年に入ってどのようにGI予想を展開させようかと考え、その結論が出たので、まずこの件をお知らせしたいと思います。

 恒例の表予想、ウラ予想はもちろん続けます。ほぞ噛み反省の弁も、外れたときは次のGI時 、当たったときはすぐに発行したい(^_^;)と思います。

 また、予想の基本となる年齢別、前走別有力馬の抽出も続けますが、データの詳細はやめて「結馬」と言うか結論だけにしようと考えています。

 そして、昨年後半に始めた単勝順、馬連順、枠連順の対照表――オッズ分析はしばらく中止いたします。ただ、異常投票が見られる場合は、本文の中でそのことを指摘します。
 つまり、今年こそ本気で「短文予想に挑戦しよう」と決めたのであります(^_^;)。なにしろ名にしおう長文予想でしたから。

 それともう一つ、これまで馬券をいくら買っているか比率も含めて書いてきましたが、これもやめます。結果として黒字になったときの「歓喜ぶり」と、逆に「当たって雀の涙ぶり(^.^)」などはほぞ噛み反省の弁で書きます。全て「短く簡潔予想」を目指しての改変です。

 今後とも変身ほぞ噛み予想をよろしくお願いいたします。m(_ _)m


 さて、かくして本年最初のGIフェブラリーS――。
 まずは古馬恒例の年齢構成です。全16頭牝馬なし。かなり極端な偏りを見せています。(頭数の後の[ ]内は過去10年の123着数)

 年齢―頭数[123]馬番
 4歳―3頭[441]07 08 11
 5歳―1頭[422]02
 6歳―3頭[215]05 13 15
 7歳上7頭[032]7歳=01 03 04 10 12 14 16 8歳=06 09

 連に絡むのはまず4歳、5歳、そして6歳です。ところが、今年は7歳馬の多さが際だっています。過去10年1着のない7差上ながら、これだけ多いと(しかも実績馬も多く)完全に切り捨てできるかどうか。
 面白いのは昨年との比較です。昨年は6歳馬が16頭中9頭も出走しました。それがそのまま今年も出てきたような雰囲気です。
 昨年私は「まさか6歳の連独占はないだろう」と切ってほぞを噛みました。1昨年まで過去10年同一年齢の123着独占がなかったからです。
 今年「まさか7歳の123着独占はないだろうな」と思うのですが……。まさか「早くもまさか病?」(^_^;)

 とまれ、全16頭を前走下位人気、下位着順、前走芝などをカットして絞ると、年齢別の抽出馬は以下の7頭になります。( )内は前走レースと着
 4歳=07ガンジス(G3根岸S2着)
 5歳=02グレープブランデー(G2東海S1着)
 6歳=13エーシンウェズン(G3根岸S5着)
 7歳=10ワンダーアキュート(地方GI川崎記念2着 )
    04ナムラタイタン(G2東海S2着)
    16シルクフォーチュン(G3カペラS1着)
 8歳=06エスポワールシチー(地方GI東京大賞典5着)

 これ以外に復活させたいのは、4歳より08イジゲン(前走JCD15着ながら2走前G3武蔵野S1着あり)と、同4歳11カレンブラックヒル(初ダートながら5連勝、GINHKマイル馬)。
 また、7歳の14テスタマッタは昨年のフェブラリーS1着馬なので簡単には切れないところです。すると合計10頭。うーん、ちょっと多すぎです(-_-)。
 しかし、4歳5歳で抽出できたのが2頭なので、まずは3連複[07ガンジス=02グレープブランデー→残り8頭]馬券を買っておきます。

 ……とここまで書いたのが金曜の夜。

 土曜の朝、前売りオッズを見てびっくりしました。
 なんと11カレンブラックヒルが1番人気なのです。2番人気は14テスタマッタ。続いて08イジゲン、02グレープブランデーの順。
 ところが、馬連は4歳3頭[07 08 11]のボックスが123番人気を独占。かなり妙なオッズ相を見せています。かくして馬順から単勝への異常投票は11カレンと14テスタ(馬順は6位)の2頭です。

 最終オッズは変動すると思いますが、果たしてこの2頭プラス4枠に同居した07ガンジス、08イジゲンの4文字馬名2頭で決まるのかどうか。
 疑いつつも、荒れなければこの4頭かも知れず、ひそかに[07 08 11 14]の3複4点買っておきます(^_^;)。

 さて、ここで表の結論です(^_^)。

 いくら4歳馬の連絡みがいいとは言え、初ダート、3ヶ月休み明けの4歳馬を◎にはできません。カレンは良くて3着候補。
 ここは思い切って7歳馬狙い。前走地方GI川崎記念2着の10ワンダーアキュートに◎を打ちます。

 同馬は全成績[10.7.2.11]とまーまー。着外が結構多いです。しかし、着外の多くは3歳時のもので、最近15戦では[3722]と抜群の安定度です。
 もっとも、1着より2着が多いし、地方GIの勝利はあれど中央GIは昨秋のJCD2着(一昨年も2着)が最高。適距離も2000以上がいい感じです。
 しかし、昨年のフェブラリーステークスでは2番人気の3着でタイムも1358でした。よってここでも充分勝ち負けになると思います。
 この馬3着内に入るときは先行しても差しても追い込んでも、常にベスト3の上がりを出しています。今回その上がりが出ることを期待して中央GI初制覇、7歳馬の初栄冠を期待して単勝勝負にいきたいと思います。

 次に○はただ1頭の5歳馬02グレープブランデー。同馬は全成績[6414]とまずまず。GIは昨秋JCD5着が最高。こちらも適距離は18以上で、そこがちと物足りないところ。しかし、前走の勝ちっぷりは秀逸でした。
 昨年までフェブラリーSのトライアルだった平安Sが5月へ移動し、その代わりと言うか東海Sが1月に移りました。その1着馬がグレープブランデーなのです。
 左回り中京ダート18を中団から鋭く伸びて3馬身差の楽勝でした。「こちらの頭があるかも」と思いつつの○です。
 そして▲ですが、残りは8頭。これで▲を決めていると、点数が増えるばかりなので、思い切って◎○の2頭流し。後は3着△候補にしたいと思います。

 よって表の買い目は
 単 勝=10ワンダーアキュート
 馬連単=10→02;07 08 11
 3複単=10→02→07 08 11 13 04 16 06 14
 3連複=07→02→10 08 11 13 04 16 06 14
 3連複=07 08 11 14 BOX

 さて、今年初のウラ●ですが、もういっちょ年寄り7歳馬(^.^)。
 それは大外16番の7歳シルクフォーチュンです。
 前走はダート12のG3カペラS1着。この馬すでに30戦。成績は[825.15]とイマイチながら特筆すべきはその上がり。毎度ほぼ最後方の追い込みに徹して過去20戦(全ダート)で、上がりベスト3が驚異の19回。35秒を切ったことも8回。その中に昨年のフェブラリーS2着があります。もういっちょ、行けるかも――ということでウラ●。
 私もだんだん高齢馬に近づきつつあるので(^.^)、
「若いもんにゃ負けるな!」と応援したいと思います。
 馬券は表の◎○と4歳3頭を3着候補として流します。

 よってウラの買い目は
 単複勝=16シルクフォーチュン
 馬 連=16→10 02 ;07 08 11
 3連複=16→10=02→07 08 11

 さて結果は?

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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:読み返してみると「やっぱり長い……(^_^;)」。
   長~い目でご寛容ください。m(><)m

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