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2013.09.28

スプリンターズステークス、直前予想

 ご無沙汰いたしております。毎度ほぞ噛みの御影祐です(^_^)。
 猛暑の夏、豪雨、竜巻、台風……無事乗り越えられたでしょうか。
 被災された方々には心よりお見舞い申し上げます。

 その一方、東京オリンピック開催が決まりました。東北大震災復興、原発汚染水問題、領土問題など国内外いろいろ問題を抱えつつ、平和に七年後を迎えたいですね。

 ところで、年末が近づくにつれ最近気になっているのは今年の流行語大賞の行方(^_^)。
 前半は「今でしょ」で決まりだと思っていました。しかし、後半は例の「倍返し」が圧倒しています(^.^)。「今でしょ」はすでに過去のはやり言葉のような雰囲気で、はてどちらになるのでしょうか。 我々も馬券で中央競馬会に「倍返し」――つまり投資金額の「2倍」は獲りたいものですね。

 それからオルフェーヴルとキズナが凱旋門賞に挑戦します。どちらも前哨戦で勝って期待が持てます。
 と思ったら、秋の中山・阪神開催はもう最終週。しかし、GI戦線はこれからが本番です。
 オーラス有馬記念までほぞ噛み予想ににお付き合いの程よろしくお願いいたします。m(. .)m

 さて、後期の方針ですが、長年試みては挫折してきた短文予想(^_^;)、今度こそは性根を入れ替えて実践したいと思っています(^.^)。
 これまでは過去データを発信する意図があったので、どうしても予想が長くなりがちでした。
 しかし、競馬新聞やネットの各種データを見ると、かなり重なっていることがわかりました。つまり、私のデータは「なくてもいい」ってことです(^_^;)。むしろ私にしかできない予想を心がけるべきだと思うに至りました。

 競馬歴?十年、ずっと研究を続けてきたオッズ予想がようやく最終章を迎えそうです。後期はいつもの予想とオッズ予想の2本立てでいきたいと思っています。
 ただ、オッズ予想の方も昨年後期はデータを列挙しましたが、今年は結論だけを書き、本命・本穴・中穴・大穴別に分けて予想馬番を推奨したいと思います。

 それではスプリンターズS予想――早速表の結論です。

 後期GI初戦から馬券的には正直触手が伸びないレースと言わざるを得ませんね。
 ◎○として10ロードカナロアと07ハクサンムーンにするのはやむを得ないでしょう。

 5歳ロードカナロアは成績[11.5.1.0]、芝12[8310]といまだ着外なし。昨秋GIスプリSから内外GI、重賞を4連勝。だけでなくマイルの安田記念まで勝ってしまいました。
 かたや4歳ハクサンムーンは成績こそ[7118]ながら、今年高松宮3着→CBC賞2着後、G3、G2セントSを連勝。何より逃げてばてない粘りが秀逸です。
 両馬は実績、格、前走成績などずば抜けています。

 気になるのはハクサンムーンがGI3着が最高で1着どころか2着もない点。ただ、G2の1着があれば問題ないでしょうか。また、芝12は[5114]で図抜けている感じではありません。
 では、ロードカナロアに死角はないか。同馬は前走G2セントSでハクサンムーンに負けてしまいました。国内外を転戦して5歳。歴戦の累積疲労がないか気になるところです。
 まーこちらも昨年セントS2着→本番1着だし、ハクサンムーンは前走から1キロ増、ロードカナロアは逆に1キロ減。どう計算してもロードカナロアが上位でしょう。

 かくして馬券は両馬の馬連1本買い(^_^)。一体いくらつくのでしょうか。
 この馬連が2倍を切るようなら、私は100円購入して100万買ったつもりでレースを眺めたいと思います(^_^;)。
 単勝はロードカナロア。こちらもどんと100万買ってレースを眺めます(^.^)。

 そうなると3連複はいつもの総流し。芸のないことながら、絞るとだいたい神様のいたずらで抜けてしまいます。そんなわけで絶対抜けない総流し――こちらは1点1万円投入(^_^)。

 ただ、もう一点3頭に流したいと思います。ペースは当然速くなると思われるので、追い込む11スギノエンデバーと16シルクフォーチュン。そして中団から差せる06ドリームバレンチノです。3連単はこの3頭を2着付けで3点買います。

 よって表の買い目は、
 単 勝=10ロードカナロア[100万円]
 馬連単=10→07[100万円]
 馬連単=10→11 06 16
 3連複=10→07→総流し
 3複単=10→11 06 16→07
 [3連単は1→2着→3着流し]

 さて、後期初のウラ馬券ですが、ありません(^.^)。2頭と心中して他の馬が来たらあきらめます。
 問題は私が[◎○→総流し]を予想すると、10のうち7、8回は成立しないことです。果たしてこのジンクスは今回も通用するのか、興味津々(しんしん)です。
 ちなみに、土曜前日オッズでは◎○の馬連は意外とついて3倍を超えそうです。これなら1千万買ってもいいかもしれません(^.^)。

 以上です。これでかなり短くなりました(^_^)。

 えっ、「前置きが長いからいつもと変わらない?」ですって?
 むむむ……(^_^;)。

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《オッズ予想》中山11レース GI スプリンターズS L12 16頭

 単複・馬連においてA10ロードカナロアは絶対軸。ここは単勝軸だろうか。
 問題は相手を絞るか広げるか。人気サイドならB07だが、C13・D06・E01も無視できない。
 だが、馬連11まで10流しだからBCDEが3着以下に落ちる可能性もある。その際はF以下が2着に浮上する。その上位15・09・02・11に流す本穴馬券が中心。また、単勝万馬券が7頭。トップの03アドマイヤセプターも抑えたい。
[推奨馬券]
単勝=A10ロードカナロア
枠連=5→薄目826
馬連=本命10→07 13 06 01
馬連=本穴10→15 09 02 11 03
3復=10=07→13 06 01;15 09 02 11 03
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 さて結果は?

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 最後まで読んでいただきありがとうございました。(御影祐)

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2013.09.12

狂短歌ジンセー論[157号]――総論賛成、各論反対 その1

 祝! 2020東京オリンピック開催(-.-)!

 7年後日本で2度目のオリンピックが開催されることになりました。
 顔文字が[(^o^)]でないのは、我が国が単純に喜べない事情を抱えているからです。福島原発汚染水問題だけでなく、被災地から漏れ聞こえた「どこか別の国のお話のよう」との言葉は重いと思います。
 しかし、これで被災地復興、福島原発・汚染水処理など、今後7年間で「しっかりやります」と世界に宣言したようなものです。そういう意味でも良かったのではないでしょうか(^_^)。

 さて、これから3回にわたって「総論賛成、各論反対」について語りたいと思います。3回目には「総論=各論型原発存廃を問う国民投票用紙」も公開いたします。
 オリンピック開催が決まったことで、原発問題は一気に《存続・再稼働》へと向かうでしょう。しかしながら、その決定を国会議員だけに任せていいのか。本気で原発存続問題を国民投票とするべきではないか――との気持ちから考えたものです。

 今号はまず安部公房作『赤い繭』の授業風景から入ります(^_^)。

 (^_^)本日の狂短歌(^_^)

 ○ 公園のベンチは誰のものだろう? みんなのものか 私のものか

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 (^O^)ゆとりある人のための10分エッセー(^O^)

 【 総論賛成、各論反対 】その1

 総論賛成、各論反対というのは大から小、上から下まで会議において何かを決めようとするとき、しばしば出てくる議論です。「総論に関しては賛成だ。だが、各論は反対だ」と言うわけです。

 今端的に二つの例を挙げるなら、「原発施設から出る放射能廃棄物を処理する施設を作らねばならない」が総論で、これは誰しも異存はない。しかし、各論は「私の住むところに作られては大迷惑だ」となっていまだどこにも本格的な処理施設ができていません。
 あるいは、「米軍基地の7割が集中する沖縄の負担を軽減しなければならない」が総論なら、「私のところにオスプレイが来るのは断固反対」が各論です。
 これについての詳細は次号に回します。今号はまず議論の前提となる《全体と個》について語りたいと思います。

 四号前のメルマガで安部公房の掌編『赤い繭』について触れました。「何かを得たときには何かを失っている。逆に言うと、何かを失ったときには何かを得ている」お話として。
 『赤い繭』にはもう一つテーマがあります。それは「みんなのものは個人のものか」なるテーマです。

 主人公の「おれ」は浮浪者です。浮浪者に住む家がないのは当然だろうに、彼は自分の家を探して町をうろついています。なぜみんなには家があるのに、自分にはないのだろうか。もしかしたら、この家がおれの家かもしれないではないか。
 そう考えた彼はとある家の扉を叩き、顔を出した優しそうな奥さんに「この家は誰の家でしょうか」と尋ねます。奥さんはけげんな顔をして「もちろん私の家です」と答える。
 彼は「では、それを証明してください。あなたの家であって私の家でないことを」と続けます。
 すると奥さんは「まあ(・・)」と言ってばたんと扉を閉ざしてしまう。
 顔文字は(-_-;)でしょうか。

 一般的にはここで権利書なんかを見せるのでしょう。
 生徒も「どうやって証明する?」と聞けば、そう答えます。
 しかし、私はそれが本質的な解決にならないことを指摘します。

先生:「では、その権利書を紛失するとか、なくなったらどうやって証明するの?」
生徒:「役所に原盤があると思うので、再発行してもらいます」
先生:「では、役所が火事で燃えて全ての原盤がなくなったら?」
 ――とたたみかけると、生徒は苦笑しつつ、困った顔を見せます。

 そこで私はそれが実際にあったことだと話します。
「これは家ではないけど、土地の件では実際にあったこと。大きな戦争で自宅も役所も全て燃えてなくなってしまうと、個人の土地がどこからどこまで誰のものか、証明できなくなる。するとどうするか。役所は市民に届けさせるんだ。何月何日までに、ここからここまでが私の土地だと申し出るようにと」
 生徒はみな驚きの顔を見せます。それでは正直に届ける人もいるだろうけど、不正を働く人が出るのではないか、と思っての顔です。
「その通り。たとえば戦争や大災害で関係者がいなくなって誰も異議をとなえないと、申請した当人の土地になってしまうんだ」

 そこで私は「家に関しては確かに建てた人のものだろう。でも、土地がこのような不確かなものでは、自分のものと証明できる根拠などあるのだろうか」とまとめます。

 その後小説に話を戻して……公園のベンチの件に移ります。

 浮浪者の「おれ」はさらに町をうろつき「ここならおれのものだろう」と公園のベンチに寝ころびます。公園はみんなのものです。
 すると、おまわりさんが現れてこう言います。
「おいこら。このベンチはみんなのものであってお前のものではない。さっさとどこかへ行け」と。
 浮浪者は思います。ああ、おれの家はどこにもない……と。

 私はまた生徒に聞きます。
「このおまわりさんの言っていることはどこかおかしくないか」と。

 ここまで読んでこの問いにすぐ答えられる読者は言葉の使い方にとても敏感な方です(^_^)。
 私の授業では生徒はほとんど答えられませんでした。

 そこで私は次のような全体と個の図を描いてヒントを出します。

 全 体     全 体 ○    全 体 × 
―――――――― ――――――――
|個 個 個 個||○ ○ ○ ○||× × × ×|
|個 個 個 個||○ ○ ○ ○||× × × ×|
|個 個 個 個||○ ○ ○ ○||× × × ×|
|個 個 個 個||○ ○ ○ ○||× × × ×|
|個 個 … …||○ ○ … …||× × … …|
―――――――― ――――――――
 この図は全体とは個の集まりであり、全体が○なら、一人一人も○であること。全体が×なら、一人一人も×になることを表しています。

 そして、次のような答えを導きます。

 公園のベンチがみんなのものなら、みんなの一員である私のものでもある。だから、この浮浪者もベンチを使っていい。おまわりさんの言う「みんなのものであってお前のものではない」の理屈は間違っている――と。

 逆に言うと、「公園のベンチはお前のものではない」と言う限り、個人ひとりひとりが×なのだから、全体である「みんな」も×になる。つまり、「みんなのものでもない」ことを示しています。公園のベンチが「お前のものでない」なら「みんなのものでもない」のです。
 おわかりでしょうか。おまわりさんの理屈を押し進めると、「公園のベンチはみんなのものではない」ことになるのです。

 では、おまわりさんはどう言えば良かったのでしょうか。

 この問いはもっと難しいらしく、生徒はなかなか正解にたどりつけません。
 みなさんはいかがでしょう?

 答えはこうです。
「公園のベンチはみんなのものだから、お前も使っていい。でも、お前がそれを独占して1年も2年も使ったら、他の人たちが使えなくなってみんなのものではなくなってしまう。だから、ある程度使ったら他に移ってくれ」と。
 これが「みんなのものは個人のもの」についての正しい解釈でしょう。

 みなさんは都市部の河川敷にブルーシートで住みかを作っているホームレスを知っているでしょう。そこは国や東京都、神奈川の土地、つまりみんなのものです。
 ときどき年に一回くらい「清潔にする」との名目で、一日だけブルーシートの住みかを片付けてもらって清掃活動を行っています。その様子がニュースで流れたりします。翌日にはまたブルーシートの住みかが立ち並びます。

 それを見た人の感想は「一日だけそんなことをやるくらいなら、完全に排除すればいいのに」と思う人と「かわいそうだから、そんなことしなければいいのに」に分かれるようです。
 これ、『公園のベンチ』の理屈から言うと、「みんなのものを個人が独占することを防いでいる」形になっています。

 おわかりでしょうか。全体がイエスなら、個人もイエスであり、全体がノーなら個人もノーであるということ。 逆に言うと、個人が一人一人ノーであり、その人数が全体に到達するなら、全体もノーになるということです。

 国で全体の方針を決めるとき、基本的には全国民が同じ結論――○なら○、×なら×になるのが望ましいことです。
 しかし、現実にはあり得ないことなので、民主主義を採用していれば、多数決の原理が使われます。
 つまり、過半数が○なら全体も○と見なす。×が過半数なら全体も×と見なすわけです(安部公房にはこの民主主義の根本原則を諷刺した『闖入者』という傑作短編があります)。
 ただ、憲法など重要事項に関しては3分の2を超えることが求められたりするようです。(以下次号へ)

 ○ 公園のベンチはみんなのものだから 私も使ってかまわない

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 最後まで読んでいただきありがとうございました。

後記:安部公房『闖入者(ちんにゅうしゃ)』(戯曲では『友達』)を補足説明します。
 内容は安アパートに一人で暮らす「男」のところに、全く知らない九人家族が突然乗り込んで居すわる物語です。彼らは愛と友情を届けるため、一人ぼっちの孤独な人間を探してやって来たと言います。困った男は大家や警察に訴えるけれど、取り合ってもらえません。九人は「我々は家族だ」と主張し、警察は「家族内のもめごとだから」と訴えを取り上げず、大家は「めんどうに関わりたくない」と黙り込みます。つまり、男は「この部屋は自分のものだ」と証明できないのです。契約書を示しても、相手が認めてくれなければ証明できないのと同じことです。
 かくして居すわった闖入者は部屋の中の物を勝手に使います。男が抗議すると「では誰の物か多数決で決めよう」と言われます(^.^)。手を挙げれば、当然人数の多い闖入者が勝ちます。多数決の怖さであり、全体と個において個がいかに弱いかも示していますね。
 このお話、男はやがて檻の中に監禁され悲惨な結末を迎えます。これとよく似た事件が数年前神戸で発覚しました。現実になれば、とてもこわいお話です。(御影祐)

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